spring_neko’s blog

日々の出来事、気づきなど

「私間違ってないよね」と聞く承認欲求

「わたし間違ってる?それとも最近はこれが普通なの?」

 

とかなんとか。

 

例えば、参観日やお店で出会った失礼な人、常識はずれな人たちとの顛末(注意もせず見ただけのことも含め)をfacebookやブログに書き、最後に

「私間違ってないよね!?」と

上記のことを付け加える。

 

なぜ聞く。さんざん正論、正義感振りかざしといて、間違ったことを言ってないか不安ですか。

単に、「あなたは間違ってない」と言ってほしいだけでしょ。

承認欲求の強い人なのだなと思います。

ただの出来事に対して自分が感じたことが正しかったかどうかなんて、わからない。

自分のモノサシで感じたことだもん。

 

でもわざわざ「あなたは間違ってない」と答えてあげる人もいて。

その言葉が欲しいだけ。「私間違ってない」という答えが欲しいだけ。

人とはこうあるべき、自分のモノサシを相手に強要・同意を求める悲しい癖ではないか。それこそ他人の目が全てになってませんかね。答えは一つではないよ。

 

 

最後の一文さえなければ、「ああそういう思いをしたんだな」とこちらも思うだけで済むのですが。

 

行動したことに対してなら、良かったか良くなかったか、それは結果次第だし。

正しいか正しくないかはずーと先にならないとわからないことも多い。

 

もちろん、お客との対応や事故などの出来事で自分がやったことが正しいのかどうか自分がわからない部分を聞くのは違和感ない。皆さんの知恵を借りたいだけの話だから。

認めて欲しくて聞いてるわけではない。

 

ずっと昔、「私間違ってないよね」とよく同意をもとめる知人がおりました。

バリバリとネットショップで働き、パートでしたがネットの店長職に。

責任もって働いていたものの、そのうち他のパートさんのアラが目立つように。
自分と同じ働く意識レベルを要求し、ある時「やる気ないなら辞めてくれる?」と他のパートさんに放つ。「私は店長よ!」と権力(ないけど)をふりかざした。

最後は、彼女以外のパートさんたちが社長に訴え、社長は彼女をクビに。「君と他のパートさんどっちを取るかといわれたらパートさんたち」と言われたそうな。

そうなるまでにパートさんたちと彼女のミゾは相当深くなってたのでしょう。

 

泣きながら、「私間違ってる?間違ってないよね、会社のために社長のためにがんばったのに」と私に同意を求めた。
確かに、店長さんがパートさんのやる気のなさを説教するのはわかる。やる気がないなら辞めてもらって結構。
その時は、私も若かった。「あなたのやる気を認めない社長さんなのね、がんばったのにね」と慰めた。

しかし、あとで思うと、そもそも、彼女には何の権限もない。店長の肩書はあれど、名前だけ。本当に人事を決めるのは社長さん。相談もなしに勝手にパートさんにあの暴言はないよね。単にパートさんたちをまとめることが出来なかった名ばかり店長さんということになるよね。

この女性ともう十何年も会ってない。最後の会話(メールだったけど)は逆切れされて終わった。

あれ以来、誰かに「私間違ってないよね」と聞かれたらわからんと答えるようにしてる。
自分だったらという仮定で話はするが。